こんにちは、クラシックだけでなくジャズやポップスも幅広く聴く、防音音響専門の建築士・紅です。今日はお気に入りにのピアニストを紹介したいと思います。
スティーヴ・ドブロゴス(Steve Dobrogosz)は北欧・ストックホルムを拠点に活躍するコンポーザー・ピアニストで、ジャズ、ポップスからクラシックまで幅広いジャンルを手がけています。
1956年アメリカのペンシルヴェニア州生まれ。バークリー音楽大学出身とのことで、ここでジャズを学んだのでしょう。その後、22歳でスウェーデンに渡りストックホルム王立音楽アカデミーに入学。在学中からジャズ・ピアニストとしてキャリアをスタートさせました。
詳細なプロフィールはご本人の公式サイトや、Wikipediaで確認できます。
『Feathers』ジャネット・リンドストローム(Vo)、スティーヴ・ドブロゴス(Pf)
僕がドブロゴスのことを初めて知ったのは、オーディオリスニングルームを設計したクライアント先でした。完成した部屋で聴かせていただいたのが、ジャネット・リンドストローム(Jeanette Lindstrom)とのデュオアルバム『Feathers』から、ジョニ・ミッチェルのカバー曲「Both Side, Now」で、そのあまりの美しさ、透明感に衝撃を受け、帰宅後すぐにCDを購入したのでした。
ジャネット・リンドストローム(本国の発音ではシャネット・リンドシュトレムかな?)はストックホルム出身のジャズ・ヴォーカリストで、あまり声を張り上げることはなく、しっとりとした落ち着いた歌声です。いくらか冷たさというか、凍った湖や冬の森を連想させ、たしかに北欧の情景が強く感じられます。
しかし、このアルバムを聴きこむほどに、どうもヴォーカルよりもピアノの方に惹きつけられることに気付いたのでした。アルバム全体に漂うピンと張り詰めた冬の空気ような印象は、歌よりもむしろピアノから発せられているようです。
『Fairytales』ラドカ・トネフ(Vo)、スティーヴ・ドブロゴス(Pf)
リンドストロームとのアルバムをきっかけに、ドブロゴス名義のCDを集めるようになりました。次に購入したのは、ノルウェーのジャズ・ヴォーカル、ラドカ・トネフ(Radka Toneff)とのデュオアルバム『Fairytales』です。
おそらく、ドブロゴスのアルバムではこれが一番有名ではないでしょうか。アマゾンのレビューにもたくさん感想が寄せられています。
アマゾンレビューは文章の上手な方が多くて感心しますね
ラドカ・トネフの歌声は繊細で素朴、どこまでも澄み切って、消えて無くなってしまいそうな儚さがあります。このアルバムを録音した数か月後にオスロ郊外の森で睡眠薬自殺してしまったことが、このアルバムに漂う寂寥感のようなものに拍車をかけているようです。そのときわずか30歳、早逝ですね・・。
そしてドブロゴスのピアノは、ラドカ・トネフの儚げな歌声にそっと寄り添い、主張しすぎず、しかし存在感はあるのです。こんなにも歌とピアノのイメージがぴったり合った演奏はなかなか無いのではないでしょうか。
『The Final Touch』ベリト・アンデルソン(Vo)、スティーヴ・ドブロゴス(Pf)
さて、次に紹介するアルバムも北欧女性ヴォーカルとのデュオです。どうやらこのスタイルがドブロゴスのイメージとして定着しているようです。実際にはジャズだけでなく、クラシックなど多岐にわたる作品や録音を残していますが、実際に一番売れているのはこのジャンルのようですね。
ベリト・アンデルソン(Berit Andersson)というヴォーカリストは、ググっても出てくるのはドブロゴスと録音した音源ばかりで、ベリト・アンデルソン単独の情報はほとんど見当たりません。それくらいマイナーな歌手ですが、しかし個人的にドブロゴスで一番好きなアルバムはこれなんです。
残念ながら現在は入手が難しいようで、手に入るとしても中古のLPくらいでしょうか。(もっとも、LPの方が味があって良いと思います。)このアルバムに入っている曲がほぼ網羅されているベストアルバムがありそちらも所有していますが、このアルバムならではの曲順、まとまりを感じることはできません。
アンデルソンの歌声はひたすらジャジーで渋く、ドブロゴスのピアノもほかで見られるような透明感や繊細さは希薄で、北欧ジャズと言われてもピンと来ないかもしれません。どちらかというと王道のジャズ・ヴォーカル・アルバムではないでしょうか。
情報が少ないので違うのかもしれませんが、おそらく全編ドブロゴスのオリジナル曲です。先に紹介したアルバムはカバー曲が多めなので対照的ですね。どの曲もメロディが美しく、ほんのり温かく優しい感じがします。
家族が寝静まった夜に一人、明かりを落としてゆっくり聴くと、心に沁みます。
『Covers』アンナ・クリストッフェション(Vo)、スティーヴ・ドブロゴス(Pf)
こちらもスウェーデンのヴォーカリスト、アンナ・クリストッフェション(Anna Christoffersson)とのデュオアルバムです。
タイトル通り、ポップスの名曲を集めたカヴァーアルバムで、どれもドブロゴスのピアノ・アレンジが冴えわたります。特に下記3曲が秀逸かと思います。
Like A Hurricane / ニール・ヤング
Just The Way You Are / ビリー・ジョエル
I Have Nothing / ホイットニー・ヒューストン
ドブロゴスは2000年代以降、現在もアンナ・クリストッフェションと活動を続けており、息の長いコンビですね。
『Golden Slumbers』スティーヴ・ドブロゴス(Pf)
ここまで女性ヴォーカリストとのデュオばかり紹介してきましたが、このアルバムはドブロゴスのピアノ・ソロです。
僕自身、世代的にビートルズはリアルタイムではなく、あまり詳しくありません。どちらかというと原曲よりもカヴァーされたものを聴く(というよりは耳にする)機会が多いと思います。
そして、ビートルズのカヴァーはそれこそ星の数ほどありますが、その中でもベストの一枚ではないかと思えるほどに素晴らしいのがこのアルバムです。ビートルズのことをよく知らなくても、誰もが気に入るのではないでしょうか。演奏・アレンジ・選曲・録音、どれを取っても最高です!
「Goodnight」から始まるというのもセンスの良さを感じます。いまから静かな夢の中を旅しますよ、というメッセージにも受け取れます。
僕は冬に家族で奥日光によく行くのですが、一面雪景色の戦場ヶ原をひたすらまっすぐ続く道をドライブしているとき、必ず3曲目の「Across The Universe」をかけます。
すこしずつ転調しながら何度も繰り返されるシングルトーンの美しいメロディ・・・
幻想的な白い大平原の中で、このひたすら透き通ったピアノの音色に包まれると、このまま昇天してしまうのではないかと思えるほどに清浄な気持ちになります。
『Mood』
ここで一気に毛色が変わります。『Mood』と名づけられたこのアルバム。ジャケットも一面ピンクで妖しげ・・。
実際に聴いてみると、北欧的な素朴さや透明感とは真逆の、ゴージャスでちょっとエロティックな音楽です。曲名も「Pillow Talk」「Darkened Room」「Harem」「Slave of Eros」など、意味深(というよりまんま)なタイトルばかりです。
1曲目の「Twinkle Twinkle」がわりと好きです。深夜の首都高ドライブなどにはきっと合うと思います。
生音は使わずデジタル音源だけで作ったのではと推察します。ジャズともちょっと違いますね。ドブロゴスの多才な一面を垣間見たという感じでしょうか。
『MASS and Chamber Music』
最後に、ドブロゴスの活動のもう一つの大きな柱、クラシック音楽の作曲家としての作品です。
クラシック音楽の中でもとりわけ宗教音楽、合唱曲を数多く手がけており、この「ミサ曲」はその中でも最も演奏機会の多い作品です。
ミサ曲といえばバッハのロ短調のものを筆頭に、歴史的な作品が数多くあります。それらのミサ曲に慣れ親しんだ方からすれば、ドブロゴスのものは受け入れ難いかもしれません。しかし、現代音楽のような難解さもなく、旋律の分かりやすさ、豊かな情感、ドラマティックな展開は聴いていて飽きることがなく、広く受け入れられるものと思われます。
ミサ曲以外にも、レクイエム、クリスマス・カンタータ、スターバト・マーテルなど数多くの宗教音楽作品があります。近年は来日する機会も多く、日本人歌手や合唱団との録音もいくつか残しています。
色々とご紹介してきましたが、実はほかにもとてもたくさんの作品があり、とても紹介しきれません。全編ハモンドB3で録音したソウルフルなR&B、フラメンコ・ギターのソロなど、もうあらゆるジャンルを手がけていて本当に多才なんだなと思います。
今はサブスクで簡単に数多くの音楽に触れることができるので、どんどんドブロゴスの新しい世界に浸っていこうと思います。