防音室でも吸音はほどほどに。適度な響きがあることがとても大切

吸音し過ぎない響きのある防音室

こんにちは、防音・音響が専門の建築士、紅です。響きのことは、防音よりもふわっとしていてなんとなくわかりづらいですね。

以前の記事で、吸音板を防音室の壁などに貼り付けても防音の効果はないということを解説しました。吸音板はあくまでも響き具合を調整するためのもので、音漏れを防ぐためのものではありません。

今回は、この「吸音」についてもう少し掘り下げてみたいと思います。最初にポイントをまとめておきます。

  • 防音室に吸音板があるのは、響き過ぎるのを抑えるため
  • 必ずしも吸音すれば良いというものでもない。場合によっては逆効果にも
  • 個人差はあるものの、一般にクラシック音楽ではむしろライブである方が好ましい
  • 残響時間よりも平均吸音率を参考にする
目次

防音室に吸音板(吸音パネル)が設置してある理由

どうやら、音楽室に吸音板(吸音パネル)が貼ってあると、きちんと防音工事しているという印象を持たれるようです。しかし、実のところ「仕方なく」吸音しているという感覚が、(少なくとも僕自身には)あります。

また、これは以前の記事でも書いたように、防音のために吸音板を設置していると思われている方が大変多いのですが、これは明らかな勘違いです。

ではなぜ、防音室には必ずと言っていいほど、吸音板が設置されているのでしょうか。

実は、防音室は室内に吸音板が無い状態では、普通の部屋よりもよく響きます

防音室は音が外に漏れないよう、つまり、室内に閉じ込めようとする分、壁などを透過せず反射して戻ってくる割合が増えます。

中学校の理科の授業で、光がガラスに当たったとき、透過する光、反射する光、そして一部は吸収されることを習いました。さらに、入射した光=透過した分+反射した分+吸収した分というエネルギー保存の法則があることも教わりました。これを音に置き換えれば分かりやすいかと思います。

普通の部屋は、床・壁・天井から音が自然と透過するのに対し、防音室は材料を厚く、重くして外に漏れないようがんばるため、その分、反射がきつくなるのです。

結果、室内の残響が多くなり、そのままでは響き過ぎて楽器の演奏に支障があるため、吸音板で反射音を抑える必要があります。

冒頭で書いた「仕方なく吸音する」感覚とはこういう意味です

天井吸音板
ストライプ柄の天井吸音板
吸音パネル
壁に設置した吸音パネル グラスウールに布を巻いたもの

必ずしも吸音すれば良いというものではありません。逆効果になる場合も

では吸音をしっかりすれば良いかというと、そうとも言えないのが難しいところです。

防音工事をしていない普通の部屋は適度に音が外に抜け、響きを気にすることはなく自然な印象かと思います。

防音室は音を閉じ込めて、響きがこもる感覚があるのですが、これを吸音板である程度は解消することはできます。

難しいのはそのサジ加減、どの程度吸音するかです。

あまり吸音し過ぎると残響感が失われ、それはそれで不自然な響きになってしまいます。

また、これは意外と見落とされがちなのですが、吸音し過ぎると空間の響きに包まれる感覚が失われ、楽器からの直接音ばかりが耳に刺さるように感じ、たっぷり吸音しているにもかかわらず「響き過ぎて耳が痛い」と、一見、矛盾するような状況になってしまいます。

このことに気が付かないと、もっと吸音しようと考え、さらに事態を悪化させることにもなりかねません。

自然な響きが得られるよううまく調整することが大事で、やみくもに吸音するのは避けるべきです。

音がこもるように感じる原因は残響だけではなく「定在波」という物理現象にも大きく関係しているのですが、「定在波」は非常に深いテーマで簡単に説明するのが難しいため、また改めて記事にしたいと思います。

穴あき吸音板は音響設計上、使うのがとても難しい

穴あき吸音板

壁に等間隔に小さな穴がいっぱい空いた板。学校の放送室や、古いホールのリハーサル室などでときどき見かけますが、これは穴あき吸音板有孔ボードなどと呼ばれるもので、吸音効果を狙ったものです。

穴の裏側に空洞を設けて消音するのですが、車のマフラーなども同じで、専門用語でいうところのヘルムホルツ共鳴という原理を利用しています。

しかし、これを音楽室の吸音目的で使うはとても難しく、避けた方がよいです。というのは、ある特定の狭い音域(主に中音域)を強く吸音し、アンバランスな響きになってしまう可能性が高いのです。もし利用するのであれば、穴の大きさ、ピッチ、裏側の吸音層を色々変えて、吸音する音域を分散し、さらにほかの吸音素材も併用する必要があります。しかし、これを細かく計算するのは非常に複雑になるため、やはり避けた方がよいでしょう。

クラシック音楽のための防音室は一般的に響きがあった方がよい

ピアニストの方などにときどき言われることに、「防音室は響かないので指の練習と割り切っている」とか、「修行と思って閉じこもる部屋」などがあります。これでは音楽のための部屋なのに、ぜんぜん音を楽しむ感じではないですね・・

クラシック音楽が生まれ発展してきたヨーロッパは、がっしりした石造りの建物で、室内はよく響きます。楽器はそのような空間で美しく鳴るように開発され、演奏法も確立されました。ですから、クラシック音楽を演奏する部屋は、本来響きがあることがふさわしいのです。

ただし、ただしです。響きの好みには個人差があります。楽器の中でも特に響きを要求する弦楽器や木管楽器でも、響かない部屋を好まれる奏者は一定数います。

また、音がよく抜ける薄い建材、吸音する柔らかい建材で建てられた日本家屋に住み慣れたわれわれ日本人にとっては、響きの豊かな空間に慣れていないということもあるでしょう。

残響時間「2秒」はよい響き、が当てはまるのはクラシック専用の大ホールだけ

ムジークフェラインザール

響きをあらわす数値で代表的なものに「残響時間」があります。定義としては、音が止まった瞬間から、その音が60dB小さくなるまでの時間のことです。音の余韻がどれくらい残るかという意味ですね。

その昔、音楽ホールの残響時間は2秒が良い、というのがもてはやされた時代がありました。著名な音響学者が、響きが良いといわれる有名なホールの残響時間を測ったら2秒で、それに倣って設計したホールが好評だったことから、その後のホールの音響設計の目安のひとつになりました。実際には残響時間以外にもいろんな要素が複合的に絡まって響きの良し悪しが決まるのですが、「残響時間2秒」というのはとても分かりやすいので、有名になったのでしょう。

では、小さなサロンホール、あるいは個人宅の楽器練習室などではどうでしょう。実はこのような規模の部屋で残響時間が2秒もあることはまず考えられません。もしあったとしても、銭湯のような響き過ぎる残響で、まったく音楽向きとは言えません。

残響時間は部屋の大きさ(容積、表面積)によって変化し、残響時間2秒がふさわしいのは、1000人程度の観客を収容し、フルオーケストラを演奏するようなクラシック専用の大ホールのみにあてはまるのです。

小さな部屋の場合、残響時間よりも、平均吸音率の方が指標としては分かりやすいです。

平均吸音率というのは、その部屋がどれくらい吸音するかを割合で示し、残響時間とは反比例の関係になります。割合なので、部屋の大きさによらず判断しやすいです。

クラシック音楽の演奏における、平均吸音率の目安

  • 平均吸音率18%未満:ライブ(よく響く)
  • 平均吸音率18~22%:ほどよい響き
  • 平均吸音率22%以上:デッド(響かない)

ただし、小さな部屋の場合、カーテンやじゅうたん、楽譜棚やソファ、さらには部屋にいる人数によっても響きは大きく変わります。そのあたりも差し引いて考える必要があります。

響きについては多分に感覚的で個人差も大きく、防音よりも数値で判断することが難しい世界ですが、ある程度の方向性を定めることは可能です。音楽家のみなさまの参考になれば幸いです。

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