こんにちは、ドビュッシー大好きなアマチュアピアノ弾きの紅です。ドビュッシーのピアノ曲はどれも好きですが、その中でも一番好きなのが『映像』第1集第1曲「水の反映」です。
初めて聴いたのは大学院生の頃、近所の図書館で借りてきたジャック・ルヴィエのCDでした。
なんて繊細で透明感のある曲!
クラシックなのに全然古めかしい感じがなく
むしろ斬新で、強い衝撃を受けました
この頃の僕はクラシックを熱心に聴く方ではありませんでした。中学生の頃は洋楽(80年代がリアルタイムでした)に夢中で、高校生くらいからジャズを聴くようになり、大学生の頃は当時流行っていたクラブミュージック(アシッド・ジャズとか)にハマっていました。
ピアノもほとんど弾いてなかったです。小学生でレッスンをやめてしまい、そのあと自己流で覚えたショパン「ノクターン Op.9-2」やリスト「愛の夢」などの超ポピュラーな曲をときどき思い出して弾くくらいでした。ドビュッシーも「月の光」や「アラベスク第1番」くらいしか知らなかったです。
なぜ図書館でドビュッシーのCDを借りたのかはよく覚えていません。たぶん、タダで借りられるので普段聴かないようなものを適当に選んだのだと思います。しかしこのときから自分が聴く音楽の世界が一気に拡がることに・・
その後、ドビュッシーだけでなくそのまわりの作曲家、ラヴェル、フォーレ、プーランクも好きになり、さらに別の時代のクラシック音楽も次第に聴くように、いつしか所有するCDの割合もクラシックが一番多くなっていました。
20代後半はピアノもよく弾いてました。
レッスンを再開し、社会人ピアノサークルにも入ってました
ただ、人前ではあまりドビュッシーは弾いていないです。ドビュッシーで聴き手を感動させるのはとても難しいと思ったからです。人の感情に訴える音楽と言うよりは、感覚的な音楽だと思います。
「水の反映」大雑把な解説
前置きが長くなりましたが、「水の反映」です。
原題は ”Reflets dans l’eau” で、「水に映る影」と訳されることもあるようです。その方が趣があるという意見もありますが、個人的には特にこだわりはなく、ここでは広く知られている「水の反映」で進めます。
ドビュッシー中期の連作『映像』第1集の1曲目で、ロマン派の雰囲気がいくらか残っている初期のものからすると、旋律的な要素が抑制されています。しかし無機的、地味というのともまた違い、むしろ色彩感はぐっと増しています。ドビュッシーの音楽は絵画的と言われることが多いですが、『映像』(原題 “Images”)はそのタイトルからしても最たる作品群ではないでしょうか。
「水の反映」は水面に反射する日光がキラキラと揺らぎ移ろう様を音楽で表現したもので、僕はいつもクロード・モネの『睡蓮』を連想してしまいます。音楽と絵画というジャンルの違いはあれど、どちらもほぼ同時代に活躍した芸術家であり、「印象派」として一括りにされることもしばしばあったそうです。(しかしドビュッシー本人は印象派と言われることに抵抗していました)。
また、同時代にラヴェルは「水の戯れ」というピアノ曲を発表しており、よく比較されますが、このことはドビュッシーとラヴェルの音楽全般に対する特徴、違いを表すのに打ってつけで、
ドビュッシー「水の反映」
→ 水と光の動きを人間が感じ取った印象を捉え音楽として表現
ラヴェル「水の戯れ」
→ 水という物質そのものを音楽に置き換え精巧に再現
一言でいえば感性と知性の違いでしょうか。
(ラヴェルの音楽が感覚的ではないのではなく、あくまでもドビュッシーとの比較においてです。また、ラヴェルの音楽は感“動”的でもあります)。
「水の反映」音源聴き比べ
所有CDリスト
自室のCD棚をあさってみたところ「水の反映」が納められたものは16種類ありました。しかし繰り返し聴いているものはごくわずかで、ほとんどがライブラリに埋もれております。
列記してみます。なんとなく古い順です。
- ヴラド・ペルルミュテール
- エミール・ギレリス
- アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ
- サンソン・フランソワ
- フリードリヒ・グルダ
- イヴァン・モラヴェッツ
- マルティーノ・ティリモ
- ジャック・ルヴィエ
- ミシェル・ベロフ
- パスカル・ロジェ
- ピエール=ロラン・エマール
- マルク=アンドレ・アムラン
- 小川典子
- ジャン=エフラム・バヴゼ
- 横山幸雄
- セドリック・ティベルギアン
半分がフランス人ですね
この中から僕の独断と偏見で選んだ4つの録音を紹介したいと思います。
ジャック・ルヴィエ
冒頭で書いたように僕がクラシックを熱心に聴くようになるきっかけをつくってくれた録音です。世間的にはそれほど評価の高いものではないですが、実はいまでもこの録音が自分にとってベストだったりします。おそらく、刷り込みというか、耳にこびりついているせいもあると思います。
音色がひたすら透明で美しく、また、奇をてらったところのない、とても均整の取れた演奏です。
「均整の取れた」というのはフランスの芸術において重要な要素だと思うのです。
「模範的」と言ってもよいかもしれません。模範と言えば、ルヴィエは演奏家としてよりも指導者としての知名度が高いですね。コンセルヴァトワールの教授として長年活躍しました。門下にはグリモー、ヴォロドス、横山幸雄、菊地裕介がいます。
また、20世紀の録音ではあるものの、比較的音が良いのも気に入っている点です。
小川典子
イギリスと日本を拠点に活躍しているピアニストで、ドビュッシーのピアノ独奏曲を全曲録音しています。
ルヴィエのものが模範的とすると、こちらは個性的と言えそうです。ただし、強いクセのあるものではなく、楽譜を入念に読み込んだ上で随所に精妙な工夫を凝らし、よく考え抜かれた知的な個性だと思います。
ドビュッシーの名盤のひとつに内田光子の練習曲集がありますが、それに通じるものがあります。しかし僕からすると内田光子の練習曲集はとても面白いのですが、一方でやりすぎ感があるように思えるのに対し、小川典子の演奏は作為的な感じが目に付くことがないのが好印象です。
そして、ルヴィエの演奏がドビュッシーの特徴である色彩感が率直に感じ取れるものだとすれば、小川典子の方はモノクロームで水墨画のような印象を受けます。明快さはないものの、幾重にも重なる濃淡の奥行きを感じ取ることができ、聴くたびに惹き込まれます。
以前、浜離宮でドビュッシーのリサイタルがあり、ソロのものとキャサリン・ストットとのデュオのもの、2種類のチケットを入手したのですが、残念ながらソロの方は行くことができなくなり、大変残念な思いをしたことがあります。しかし、デュオの演奏では『牧神の午後への前奏曲』、『海』、そしてラヴェルの『ラ・ヴァルス』など貴重な演目で、得難い体験をすることができました。
ピエール=ロラン・エマール
ブーレーズのもと現代音楽のピアニストとして頭角を現し、いまではクラシカルなレパートリーでも第一線で活躍しています。初めて聴いたのはメシアンの大作『幼子イエスにそそぐ20のまなざし』の録音で、その明晰な演奏に非常に驚きました。
その後入手したバッハ、ベートーヴェン、リストなどの録音もお気に入りですが、フランス人で現代音楽が得意となればドビュッシーはどストライクなはずです。アルバムも多数出しています。
「水の反映」の演奏は期待にたがわないもので、メシアンの録音で感じた解像感の高さはここでも健在です。ほかのピアニストの演奏がフルハイビジョンとすれば、エマールの演奏は4K、8Kの画質のようなもので、どんなに速いパッセージでも、音がたくさん重なるところでも一音一音がくっきり鮮明に浮かび上がります。音質がそれほど良くない録音であるにもかかわらず、そのように感じさせるのは驚異的と言ってよいでしょう。ドビュッシーはときに曖昧模糊で霧のような音楽と表現されるので一見相反するように思われますが、不思議と違和感がありません。
一方、ラヴェルの『夜のガスパール』の録音はその解像感が逆に作用し、デモーニッシュな要素が抜け落ちて、どこかで「これでは昼のガスパールだ」と書いてあるのを見つけ、まさに言い得て妙と思った次第です。リストのソナタも同様で、リスソナがこんな淡泊でよいものかと思いましたが、エマール本人は意図があってそのように弾いたそうです。
エマールの来日公演には過去2回行きましたが、CDで聴くクールな印象とは異なり、非常にアグレッシヴで陽気な立ち居振る舞いだったのにはビックリしましたが、しかしひたすら美しく知的な音色はまぎれもなくエマールのものでした。紀尾井のリサイタルではよほどノッていたのか、アンコールだけで一時間近くも、思いつきで弾きたい曲を自由に、とても楽しそうに弾いていました。
余談ですが、エマールが準主役として出演したドキュメンタリー映画『ピアノマニア』、超オススメです! 主役の調律師とのやりとりが超絶面白い! これほど調律師に執拗に注文をつけて追い詰めるピアニストは珍しいのではないでしょうか。
イヴァン・モラヴェッツ
90年代の後半に『20世紀の偉大なるピアニストたち』と題した、著名ピアニストの録音を結集したCD200枚BOXが発売されました。当時ピアノ仲間の間でも話題になり、こぞって購入したものです。
有名な曲は様々なピアニストのものが収録されており、まさに聴き比べをすることができます。もちろん僕は「水の反映」でそれをやりました。
そして、その中で一番気に入ったのがモラヴェッツというチェコ出身のピアニストのものでした。ルヴィエとはまた違った意味で正統的な演奏で、音色の美しさも格別です。ルヴィエの演奏がひたすら澄んだ明快な音なのに対し、モラヴェッツはいくらか温もりのある演奏で、そういう意味では中欧的と言えるかもしれません。
あとで知ったのですが、この録音はオーディオマニアの間では有名らしく、LPレコード時代のアナログ録音としては驚異的な高音質とのことです。確かに70年代の録音とは思えない鮮明さがあります。
あれ?ミケランジェリが無い?ドビュッシーの歴史的名盤として誉れ高いミケランジェリを外すとはなにごとか!と言われそうですが、なぜか僕にはピンと来ないのです。すみません・・
以前、友人が楽譜を見ながらミケランジェリを聴くと驚きがたくさんあると言っていました。しかし僕もそれをやってみましたが残念ながらよくわかりませんでした・・。たぶん想像力が足りないのでしょう。
また、僕にとっては近現代のピアノ曲はレコーディングの質が一定水準以上であることが大前提で、そのため古めの録音は避ける傾向にあります。演奏の本質と録音の優劣は関係ないと怒られそうですが・・
番外編:ヴィキングル・オラフソン(未録音)
最近はCDを買うことが減っていて、もっぱらサブスク音楽配信サービス(僕の場合はSpotify)で聴くことが増えました。そのSpotifyで見つけたヴィキングル・オラフソンというすごいピアニストがいるのですが、2021年12月時点では「水の反映」の録音は無いようです。是非「水の反映」を弾いてもらいたいものです。
下記は最近発表されたドビュッシー関連の録音で、いずれもきわめて斬新かつ独創的なアルバムです。選曲とその並べ方にも特徴があり、ラモーがドビュッシーに挟まれてもまったく違和感なく、現代的な音に聴こえることに驚きました。
一方、『リフレクションズ』はドビュッシーの曲をモチーフに様々なアレンジを施した“リワーク”作品で、伝統を重んじる向きには受け付けられないものと想像しますが、個人的にはアリだと思います。
ここ数年は新しい音源を聴いていないので、未聴の名盤がありそうです。このブログを読んだ方で、ここに載っていないピアニストで「水の反映」のオススメの録音があったら是非教えてください!!